出産や子育てと仕事の両立を支えるため、企業では育児休業をはじめ、さまざまな制度の整備が進んでいます。
一方で、制度があることだけで、働く人とその家族が抱える負担を十分に支えられるのでしょうか。
私は現在、一般社団法人けあとともにの理事として、両立支援コーチとして活動しています。
そんな私には、第1子を出産した後、産後うつを経験した過去があります。
現在は回復し、仕事や子育てを続けていますが、当時を振り返ると、
「正直、あまり記憶がないんです」
というのが率直な感覚です。
今回は、私自身の経験をもとに、産後の女性本人だけではなく、その人を支えるパートナーや家族、そしてそれぞれが働く職場まで視野を広げながら、「ケアする人を、誰がケアするのか」について考えてみたいと思います。
自分では「いつもと違う」と気づいていなかった

第1子を出産した後、私は心身ともにつらい状態が続いていました。
「感情もなくて、動けないというか、動かないというか。部屋もずっと暗くて、カーテンも開けていませんでした」
出産後は十分に眠ることもできず、体力的にも厳しい状態でした。
出産後に実家へ戻っていた時期もありましたが、両親は共働き。
周囲に人がいても、自分が求めていることをうまく伝えることができませんでした。
「しんどさを言えなかったし、聞いてくれる人がいなかったというのはあるかもしれません」
では、そのときの私は「自分はいつもと違う」「誰かに助けてもらわなければ」と気づいていたのか。
振り返ってみても、
「気づきはなかったです」
というのが正直なところです。
さらに、誰かに聞かれても、
「大丈夫」
と言ってしまっていました。
周囲から見れば、「大丈夫」と答えている。
そして私自身も、自分の状態を十分に認識できていない。
この経験から、今あらためて考えることがあります。
「大丈夫です」という言葉だけで、本当に大丈夫だと判断してよいのでしょうか。
産後の心の不調は、決して一部の人だけの問題ではない
産後のメンタルヘルスについては、国や自治体でも支援が進められています。
こども家庭庁が公表した「令和5年度母子保健事業の実施状況等について」では、産後1か月までの褥婦のうち、EPDS(エジンバラ産後うつ病質問票)が9点以上だった人の割合は9.8%でした。
また、すべての褥婦を対象にEPDSを実施している市町村は89.9%となっています。
もちろん、EPDSの点数だけで産後うつと診断されるものではありません。
しかし、産後のメンタルヘルスについて、社会全体で目を向ける必要があることを示す一つのデータといえます。
国においても、妊娠期から子育て期までの切れ目のない支援として、産前・産後サポート事業や産後ケア事業などが進められています。
回復した今だから分かる「欲しかったもの」

私の場合、その後徐々に回復していきました。
第2子を出産した後は子育てに対する感覚にも変化があり、仕事を始めた頃には「すごいやる気に満ち溢れていた」というほど回復していました。
そのため、私の経験は、産後うつの状態のまま職場復帰した事例ではありません。
しかし、回復した今だからこそ、当時の自分を振り返って分かることがあります。
当時、私が欲しかったもの。
それは、
「寄り添いが欲しかった。大変さを理解してくれる人が欲しかった」
ということです。
そして今では、
「もしまた同じようなことがあったら、誰かに頼らないといけない。一人で抱えていたら本当に駄目だ」
と思っています。
職場で気になる人がいたら、「誰かに話せていますか?」
現在、私は両立支援コーチとして活動しています。
もし、出産や子育てをしながら働いている人に何らかの変化を感じたら、自分ならどう接するだろうか。
私が大切だと思っているのは、とてもシンプルなことです。
「誰にでもいいから、口から出せているかは確認すると思います」
相談する相手は、必ずしも上司や人事担当者である必要はありません。
パートナーでも、親でも、友人でもいい。
「言えているか、言えていないかって、全然違うと思っているので」
企業が社員の家庭の問題に必要以上に踏み込むことはできません。
また、上司や人事担当者が本人の状態を診断するものでもありません。
しかし、
「最近どうですか」
「困っていることはありませんか」
「誰かに話せていますか」
と、孤立していないかを気にかけることはできるのではないでしょうか。
「出産した女性」だけを見ればよいのでしょうか

自分自身の経験を振り返る中で、もう一つ大切だと感じている視点があります。
それは、ケアの影響を本人だけに限定して考えないことです。
出産後の女性が心身ともに厳しい状況にあれば、その人を支えるパートナーにも生活上・心理上の負担が生じることがあります。
そして、そのパートナーもまた、別の企業や組織で働いている一人の従業員かもしれません。
私自身、
「パートナーに、もっと大変さを理解してもらう機会があったら嬉しかった」
と感じています。
出産した本人が所属する企業だけではなく、そのパートナーが所属する企業にも、出産や育児について知る機会をつくる。
そうした視点があってもよいのではないでしょうか。
厚生労働省でも、両親が協力して育児休業を取得できる「産後パパ育休」などの制度を設けるとともに、共働き・共育てを推進し、職場や家庭における「ワンオペ」の状況を変えていく取り組みを進めています。
さらに、その家族を支える親も「働く人」かもしれない
視点をもう少し広げてみます。
子育てをする夫婦を、その親が支えることもあります。
そして、その親世代が現役で働いている場合もあります。
私自身、
「子育てにおいては、ケアする人のケアは、パートナーだったり親だと思っています」
と感じています。
子どもをケアする人がいる。
その人を支えるパートナーがいる。
さらに、その家族を支える親がいることもある。
一人の「ケア」を中心に見ていくと、その影響や支援の必要性は、最初に想像していたよりも広いのではないでしょうか。
育児と介護は違う。それでも共通して見えてくるもの

私が理事を務める一般社団法人けあとともにでは、介護離職防止や仕事と介護の両立支援を中心に活動しています。
育児と介護は、それぞれ異なる課題です。
必要となる制度も、本人や家族が置かれる状況も異なるため、同じものとして扱うべきではありません。
一方で、自分自身の経験を振り返る中で、介護と育児に共通して大切なのではないかと感じることがあります。
それが、
「ケアする人へのケア」
という視点です。
厚生労働省も、育児・介護休業法に基づき、育児や家族の介護を行う労働者が仕事と家庭生活を両立できるよう、企業における環境整備を進めています。
介護離職防止については、2025年4月から、介護休業・介護両立支援制度等を利用しやすくするための雇用環境整備などが事業主の義務となっています。
制度を整えることは、もちろん重要です。
そのうえで、
「いま、誰かのケアを担っている従業員はいないだろうか」
という視点も、これからの職場には必要ではないかと私は考えています。
制度だけでなく、「語れる職場」へ
当時の私は、自分の状態に気づいていませんでした。
そして、聞かれても「大丈夫」と答えていました。
この経験から考えても、企業にすべての問題を発見し、解決することを求めるのは現実的ではありません。
大切なのは、会社が本人を診断することではありません。
変化に気づくこと。
決めつけずに声をかけること。
話せる人がいるかを気にかけること。
安心して相談できる関係や場をつくること。
そして、必要なときには適切な専門家や支援につなげること。
制度とともに、こうした日常の関係性を育てることも、仕事と家庭の両立を支える一つの土台になるのではないでしょうか。
介護、育児、出産、病気など、働く人が直面する「ケア」の形は一つではありません。
そして、ケアを必要としている本人だけではなく、その人を支えている人もまた、誰かの従業員であるかもしれません。
ケアする人が、一人で抱え込まなくていい職場へ。
「大丈夫」という一言の向こう側に何があるのか。
私自身の経験を一つのきっかけとして、企業や職場の中で考えていただければと思います。
産後うつの経験から、私は「声をかけること」や「話せる関係をつくること」の大切さを感じました。
こうした「ケアを担っている人への声かけ」は、育児だけでなく、介護と仕事を両立するワーキングケアラーを支えるうえでも大切です。
一般社団法人けあとともにでは、ワーキングケアラー支援や介護離職防止に取り組む企業・組織の皆さまに活用いただける「けあことば100選」を無料で公開しています。
職場での声かけや、研修・組織づくりを考える際の参考として、ぜひご活用ください。

